大判例

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最高裁判所大法廷 昭和24年(オ)356号 判決

上告人(控訴人・原告) 柴田忠 外四名

被上告人(被控訴人・被告) 国

訴訟代理人 山田富久 外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人田代源七郎の上告理由第一点及び第二点について。

自作農創設特別措置法(以下自創法という)三条によつて農地を買収する場合は、同法一条の目的を達するために行うのであるから、もとより憲法二九条三項の場合に当り、所有者に正当な補償をしなければならないこと。この場合の正当な補償とは、その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基き、合理的に算出された相当の額をいい、必しも常にかかる価格と完全に一致することを要するものでないと解すべきこと、並びに自創法六条三項に定める買収対価はこの正当な補償に当るものであることは、当裁判所大法廷判決の判示するところである(昭和二五年(オ)第九八号同二八年一二月二三日判決集七巻一三号一五二三頁参照)従つてこの趣旨に適合する上告人柴田忠恕所有の本件畑の買収対価は、いずれも正当な補償に当り、これと異る見解に立つ所論はすべて理由がない。

次に上告人等の本件山林の買収対価について考えてみるに、まず国が自創法に従い未墾地たる山林を買収する場合は、当時未だいわゆる農地ではないのであるが、同法三〇条の目的を達するため同法三一条によつてこれを行うのであるから、憲法二九条三項の公共のために用いる場合に当り、従つてその買収対価は同項にいう正当な補償であることを要するこというまでもない。ところで本件山林は自創法にいわゆる未墾地に属する農地以外の土地に当るから、その買収対価は自創法三一条三項、同施行令二五条一項及び「未墾地等の対価算定基準及び損失補償額算定に関する件」(昭和二二年四月一七日附二二開第七五五号農林次官依命通牒)により、当該土地の上に生立する竹木のない場合にあつては当該土地の近傍類似の農地の時価に中央農地委員会の定める定率(四五パーセント)を乗じて得た額であることは原判決の判示するとおりであり、またこの四五パーセントの率が成立する算出の過程と理由は原判決が詳細に説明するとおりである。しかるに未墾地たる山林の価格についていえば、農地の所有権が昭和一三年四月農地調整法施行以来同法の目的を達するための施策に伴い権利の内容が次第に法令によつて統制され、その価格も自創法の成立するに及んでほとんど全く自由な市場価格を生ずる余地なきに至つたのと異り、なお格段の制約を受けず相当に自由な市場価格が成立していたと見るべきであるから、農地の買収対価構成の理由が直ちに本件山林の買収対価の理由に当るといえないこともちろんである。そこでまずその対価を定める基礎とされた「当該土地の近傍類似の農地の時価」ということを考えてみるに、前記のように本件のごとき未墾地たる山林の買収は、結局自創法三〇条に定める自作農創設等の目的のために行うのであるから、農地委員会がその買収計画を立てるに当つては、当該土地(本件は山林)がこの目的に適合する諸条件を具備することを認めた上であり、またこれを買収することが自作農創設のために必要であると認めたためであることはいうまでもなく(自創法三〇条、三〇条の二、三一条等)、従つてその買収対価は、その近傍類似の農地の価格を基礎としこれに準ずることがもつとも合理的でありまた適切であるといわなければならない。そしてここにいう「時価」とは、農地の買収対価がすでに自創法六条三項により合理的にその最高限を定められているから、結局この最高限を超えない範囲において成立する価格をいうにほかならないのである。次にこの時価に乗ずる中央農地委員会の定める率(四五パーセント)について考えてみるに、前記のようにその算出の過程と理由が原判決の説明するとおりであるところ、その構成を検討してみると、戦前における未墾地の近傍にある類似農地の時価と未墾地価格との比率一九パーセントは、農地といえども価格そのものについては未だ統制のなかつた当時の価格に基くものであり、また終戦後の財産税の基準となつた数字による比率七一パーセントは、未墾地については全く自由な価格に基くものであることが認められ、従つてこの両者の中間の数字として算出された四五パーセントの倍率は、未墾地買収対価を定める基準として当時の自由価格が十分に考量されていることを認めることができる。従つてまた本件山林の買収対価も、前記大法廷判決の判示する財産権を公共の用に供する場合の正当な補償に適合し、憲法二九条三項に違反するところはない。以上のとおりであるから、本件山林の買収対価についても買収対価が正当な補償に当らないという見解を前提とする所論はすべて理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官斎藤悠輔並びに裁判官真野毅及び同岩松三郎の反対意見を除く外全裁判官一致の意見によるものである。

裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。

憲法二九条三項にいわゆる「正当な補償」とは、被用私有財産の客観的な経済価値の補償を意味すること、従つてその財産の自由な取引価格の存する場合の補償には、その被用当時の取引価格によるべきを当然とすること、しかし自由な取引価格なるものが法的に存在しない被買収農地についてはいわゆる自作収益価格を基準とする相当な経済価値によらざるを得ないものであつて、自創法六条三項本文の規定は農地買収の一応の標準を示したに過ぎないもので、同条項但書の特別事情をも参酌して正当な補償を定むべきものであることは、多数説引用の当裁判所大法廷判決中の私の反対意見で述べたとおりである(民事判例集七巻一三号一五四三頁以下参照)。されば、本件買収土地中畑の補償についてはかる対価を支払うべく、また、本件買収土地中農地でない未墾地たる山林の取引については、統制がなく、従つて、自由な取引価格が存するのであるから、右山林買収の対価についてはかゝる取引価格によるべきものといわなければならない。それ故、本件上告は結局その理由があつて、原判決は破棄を免れないものと考える。

裁判官真野毅及び同岩松三郎の反対意見は、多数説の引用する当裁判所大法廷判決(判例集七巻一三号一五三五頁以下)中に掲げた各意見のとおりである。なお本件では原判決判示第一及び第四乃至第七物件目録記載の山林が未墾地として自創法三一条三項に従い命令の定むるところにより当該土地の近傍類似の農地の時価を参酌して買収されているのであるが、この未墾地についてはその買収対価の不当なること一層明らかである。元来この未墾地については多数意見も認めるように、農地につきその売買が統制され、その価格が公定され、小作料の額も定まり金納とされているというが如き事情は存在しないのである。すなわち、その所有権の内容は何等、制限されておらず所有者は自由に使用、収益、処分することができるのであつて、現に一般に山林の価格は自創法による買収対価に比して相当高価であり、本件記録中の証人の証言によつても相当高価で売買されている事実が窺い得るのである。従つてそれら未墾地の所有者が買収によつて経済上多大の損害を被るべきことは明白であるといわなければならない。未墾地の買収対価が憲法二九条三項にいわゆる正当な補償といい得るためには、所有者の被るべきかかる経済的損失を完全に補償するに足るものでなければならない。多数意見は「未墾地たる山林の買収は結局自創法三〇条に定める自作農創設等の目的のために行うのであるから、農地委員会がその買収計画を立てるに当つては当該土地(本件は山林)がこの目的に適合する諸条件を具備することを認めた上であり、またこれを買収することが自作農創設のために必要であると認めたためであることはいうまでもなく(自創法三〇条、三〇条の二、三一条等)、従つてその買収対価はその近傍類似の農地の価格を基礎としてこれに準ずることがもつとも合理的であり、また適切であるといわなければならない」と説示するが、それは自作農創設を企劃し土地を買収するものの立場にのみ立脚し、土地を買収される者の立場を度外視した見解に外ならない。すなわち何等統制価格の存しない未墾地の買収対価を、統制により著しく自由価格より低価に抑制されている農地の価格を参酌し、その均衡を保持するよう低価に定めるのでは到底憲法にいわゆる正当な補償額を算出し得る筈がない。もとより未墾地の買収対価が農地のそれに比して高価であるということはそれ自体としては不合理であること勿論であるが、それは農地の買収対価が不当に低価に定められたことに由来するのである。それ故、農地の所有者と未墾地の所有者との間における買収上の均衡を考慮するよりはむしろ未墾地の所有者中買収される者と自由に処分する者との間における経済上の均衡保持を考慮すべきである。また未墾地の買収対価を高価に定めることは勢その売渡価格を高価たらしめる虞あることを憂うるものの如くである。しかし、元来農地制度の改革の如き事業は土地所有者の犠牲において実施すべきものではない。正当価格で未墾地を買収しても小作人にこれを安価に売渡すことはもとより可能であり、その差額は国において負担すれば足るのである。この国の負担を節約するために未墾地の所有者に対し憲法二九条三項の正当な補償を拒否すべき筋合はない。特に未墾地の所有者は原則として農地の所有者とは異なり、従来小作制度による利益を享受していたものではないことを思えば、唯買収計画者において一方的にその目的に適合すると判定したというだけの理由でそれら未墾地の所有者に対し特段なる犠牲を強要すべき限りでないことは一層明瞭であろう。さらに多数説は山林が近傍類似の農地の統制価格の四五%とされていることを目して、未墾地買収対価を定める基準として当時の自由価格が十分に考量されているというけれど単に自由価格が考量されているというだけでは、必ずしもその対価を正当補償ということのできないこと勿論である。そればかりでなく終戦後の財産税の基準とされた数字から得た未墾地の近傍にある類似農地の時価と未墾地価格との比率は七一パーセントであるに拘わらず、これを四五パーセントに減率しているのは、未墾地につき、国が財産税を徴収する場合にはこれを高価に評価し、自らこれを買収する場合には低価に評価するということに外ならないのであつて、その不合理なこと多言を要しない。(立法上も後にこの不合理は反省され現行農地法五一条同施行令六条によればこの両者の場合における評価を一致せしめているのである。)

それ故本件上告は少くとも未墾地の買収に関しては一層その理由ありとなさざるを得ない。本件は破毀差戻を相当とする。

(裁判官 田中耕太郎 栗山茂 真野毅 小谷勝重 島保 斎藤悠輔 藤田八郎 岩松三郎 河村又介 谷村唯一郎 小林俊三 本村善太郎 入江俊郎 池田克 垂水克己)

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